「うちのホームページから資料をダウンロードしてもらえたら、あとは順番にメールを送って育てていけばいい」。BtoB(ビー・トゥ・ビー。会社が個人ではなく、会社に対してものやサービスを売る仕事のことです)のマーケティングでは、長くこう考えられてきました。ところが、世界最大級のCRM(顧客管理システム。顧客の情報ややり取りの履歴を一元管理するためのソフトウェアのことです)企業であるHubSpotが、自社の看板イベントの名前を15年ぶりに変えると発表しました。単なる名称変更ではありません。「順番に育てる」という前提そのものが崩れつつあることへの対応です。中小企業のマーケティング担当者にとっても、見過ごせない変化です。
HubSpotが「INBOUND」を「UNBOUND」に変えた
HubSpot社は、2011年から毎年9月に開催してきた自社最大のカンファレンス「INBOUND」の名前を、2026年から「UNBOUND」に変更すると発表しました。今年の「UNBOUND 26」は、2026年9月16日から18日にかけて、米国ボストンで開催されます。HubSpot公式サイトの発表文(“One letter, fifteen years of evolution: Meet UNBOUND”)によれば、名前を変えた理由は「HubSpot自身も、事業を成長させる方法そのものも変わったから」だとしています。
マーケティング専門メディアのeMarketerも、この改名を「AI主導の顧客管理へのシフトを示す動き」と報じています。単に響きの良い名前に変えたのではなく、看板イベントの名前を通じて、自社の方向転換そのものを宣言した形です。
名前を変えた理由は「順番に育てる」前提が崩れたから
「INBOUND」は、もともと「インバウンドマーケティング」という、決まった手法の名前でした。見込み客(リード。将来お客様になってくれるかもしれない人のことです)に、まず記事や資料で興味を持ってもらう。次にフォームへ登録してもらう。その後、段階を追ってメールなどで関心を育てていく。この一連の流れを、じょうご(ろうと)の形にたとえて「ファネル」と呼びます。上が広く、下にいくほど狭くなる形が、見込み客が絞り込まれていく様子に似ているためです。
HubSpotが公式発表で説明しているのは、この「順番に育てる」ファネルの前提そのものが崩れているという認識です。今の顧客は、ChatGPTのようなAIツールに直接質問し、ホームページを訪れる前に答えを得てしまいます。しかも調べ方は一直線ではありません。必要なときに必要な情報だけを、SNSや比較サイトなど、あちこちのチャネルで自由に拾い集める形に変わっています。だからこそHubSpotは、特定の手法名である「INBOUND」ではなく、より広い意味を持つ「UNBOUND」という名前を選んだ、としています。
中小企業にとって、この変化は何を意味するか
大手SaaS企業のイベント名が変わっただけ、と受け止めることもできます。しかし、世界で最も多くの中小企業のマーケティングを支えてきたツール企業が、自社の方針転換をここまではっきり打ち出したことには意味があります。ここでは、特に影響が大きいと考えられる2点を整理します。
ホームページの情報は「フォームの奥」に隠さない
これまでの「順番に育てる」考え方では、価格や事例といった、契約の決め手になる情報ほど、資料請求フォームの先に隠す設計が定番でした。連絡先と引き換えに、価値のある情報を渡すという発想です。しかし、フォームに入力する前にAIが答えを出してしまうなら、情報を隠すこと自体が機会損失になりかねません。
私自身、HubSpotの導入・運用をお客様に代わって行う中で、価格の目安やよくある失敗例を思い切って公開したお客様のほうが、結果的に問い合わせの質が上がったと感じる場面が何度かありました。今の時代は、情報を出し惜しみするより、先に信頼してもらうほうが理にかなっています。
顧客とのやり取りを一元管理する仕組みが、これまで以上に効く
HubSpotは今回、単なるマーケティングツールから、営業・カスタマーサポートまでを含めた「エージェンティック(AIが自律的に判断し、実行まで行う、という意味です)な顧客管理基盤」への転換を掲げています。顧客がAI経由・SNS経由・紹介経由など、あちこちから断片的に接点を持つようになるほど、CRMで情報を一元管理できているかどうかの差が開きます。
私は以前、沖縄の団体に在籍していた時期に、HubSpotを導入して社内の顧客データを整備し、集客しやすい運用体制を作った経験があります。バラバラだった顧客情報を一箇所にまとめるだけで、担当者が変わっても対応の質が落ちにくくなる、という効果を実感しました。接点が増えて複雑になるほど、この一元管理の価値は上がります。
注意点・よくある誤解
大手ツール企業がイベント名を変えたからといって、中小企業が今すぐ仕組みを作り変える必要はありません。「ファネルはもう終わった」という言い方は、あくまでHubSpotという一企業の立場からのメッセージです。実際に多くの企業の現場でどこまで当てはまるかは、今後の実例の蓄積を見る必要があります。断定は避けるべきです。
むしろ大事なのは、この機会に「うちのお客様は、問い合わせる前にどこまで自分で調べているだろうか」を一度考えてみることです。実際にお客様へ聞いてみると、想像より早い段階で他社と比較検討している、というケースは少なくありません。仕組みを全部作り変えるのではなく、まず現状を確認するところから始めれば十分です。
まとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 何が起きたか | HubSpotが看板イベント「INBOUND」を15年ぶりに「UNBOUND」に改名 |
| 開催時期 | 2026年9月16日〜18日、米国ボストン |
| 理由 | AIの普及で「順番に育てる」ファネルの前提が崩れているという認識 |
| 中小企業への示唆 | 情報の出し惜しみを見直す/顧客情報の一元管理を強化する |
| この記事に出てきた専門用語 | かんたんな意味 |
|---|---|
| BtoB | 会社が個人ではなく、会社に対してものやサービスを売る仕事のこと |
| CRM | 顧客の情報ややり取りの履歴を一元管理するためのソフトウェア |
| リード | 将来お客様になってくれるかもしれない、見込み客のこと |
| ファネル | 見込み客が興味を持ってから契約するまでの流れを、じょうご状の形にたとえた言葉 |
| エージェンティック(AI) | AIが自律的に判断し、実行まで行うという意味の言葉 |
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