「良い提案でした。社内で検討します」と言われたきり、連絡が来ない。BtoB(ビー・トゥ・ビー。会社が個人ではなく、会社に対してものやサービスを売る仕事のことです)営業ではよくあることです。原因の多くは、提案の中身ではなく、担当者が社内の決裁者を説得するための資料を渡せていないことにあります。この記事では、稟議を通すための費用対効果シミュレーション資料の作り方を整理します。
「担当者は乗り気なのに、話が進まない」の正体
「良い提案でした。社内で検討します」と言われたきり連絡がない。BtoB営業でよく起きる壁です。この壁の正体は、担当者個人の意欲ではなく、社内の意思決定プロセスにあります。サービスを売る側は、目の前の担当者を説得すれば契約に進むと考えがちです。しかし多くの会社では、担当者ひとりの判断で契約金額を決められません。
ここで登場するのが稟議(りんぎ)です。稟議とは、ある提案について複数の関係者に順番に確認をとり、最終的に決裁者(けっさいしゃ。契約や支払いを最終的に承認する権限を持つ人のことです)の承認を得る社内の仕組みのことです。担当者は提案を持ち帰ったあと、この稟議のプロセスを一人で進めなければなりません。ここで説得材料が足りないと、話は静かに止まります。
実は私は前職のNECで、企業の稟議・決裁を電子化するワークフローソフトウェアの設計・開発に携わっていました。大手企業の稟議がどれだけの人数と時間をかけて承認されるかを、内部から見てきました。その経験から言えるのは、稟議を通す担当者は、あなたが思う以上に孤独に社内調整を戦っているということです。
なぜ「良い提案」だけでは稟議が止まるのか
稟議が止まる最大の原因は、提案書と稟議資料が別物だという点です。営業担当者が渡す提案書は、サービスの魅力や特徴を伝えるためのものです。しかし稟議資料に必要なのは、費用に見合う効果があるかどうかを数字で判断できる根拠です。担当者は、もらった提案書をそのまま稟議に使えません。
多くの場合、担当者は提案書を読んだあと、自分の言葉で稟議書に書き直す作業をします。「効果がどれくらいあるのか」「投資した費用をいつ回収できるのか」を自分で計算しなければならないと、この作業は後回しになりがちです。忙しい担当者ほど着手できず、稟議そのものが止まります。
つまり、稟議を通すために必要なのは、担当者が自分の言葉に直さなくても、そのまま社内に転用できる費用対効果の資料です。担当者の作業負担をどれだけ減らせるかが、契約までの時間を左右します。営業側の仕事は、提案を伝えることだけでなく、担当者の社内稟議を手伝うことまで含まれると考えたほうが、結果的に成約は早まります。
会社の規模によって、稟議の重さは変わる
ここまで「稟議」と一括りに書いてきましたが、実際の重さは会社の規模によって大きく異なります。従業員数名の会社であれば、経営者自身が決裁者であることが多く、稟議書という形式ばった書類は存在しないこともあります。一方、従業員数十名を超える会社になると、部門長の確認を経て経営者の承認を得るという段階が増えていきます。
この違いを見誤ると、資料の作り方も的外れになります。決裁者が経営者ひとりの会社に、大企業向けの分厚い稟議書式を渡しても、かえって読まれません。逆に、複数の階層を経る会社に、口頭説明だけで済ませようとすると、担当者は社内説明のたびに記憶だけを頼りに話すことになり、伝わる情報が毎回少しずつ目減りしていきます。
大人の買い物にたとえると、イメージしやすいかもしれません。リフォーム会社を選ぶとき、一人暮らしの人であれば自分の判断だけで契約先を決められます。しかし家族で暮らす持ち家のリフォームでは、配偶者や場合によっては親にも説明し、納得してもらう必要が出てきます。会社の稟議もこれと同じで、関わる人数が増えるほど、説明の材料を用意しておく重要性が増します。
だからこそ、商談の早い段階で「この提案は、御社の中でどなたの承認を経て進みますか」と確認しておくことが役立ちます。決裁者が一人なのか、複数階層を経るのかによって、用意すべき資料のボリュームと粒度が変わるからです。
費用対効果シミュレーション資料に入れるべき要素
稟議を通すための資料には、感覚的な説明ではなく、数字で追える構成が必要です。以下の要素を押さえると、担当者が社内で説明しやすくなります。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 現状の課題と数字 | 現在かかっているコストや、放置している機会損失を可能な範囲で数値化する |
| 投資額 | 初期費用・月額費用・契約期間中の総額を明記する |
| 期待効果 | 問い合わせ数や成約率など、改善が見込める指標を具体的に示す |
| 回収期間 | 投資額を効果で回収できるまでの期間の目安 |
| 比較対象 | 「何もしなかった場合」との比較 |
このうち特に重要なのが「何もしなかった場合」との比較です。稟議を通す決裁者は、投資をする場合としない場合の両方を天秤にかけます。「今のまま何も変えなければ、この機会損失がこのまま続く」という視点を示せると、投資の必要性が伝わりやすくなります。
数字を出す際は、誇張しないことも大切です。確認が取れない数字を根拠にすると、後から社内で指摘を受けたときに、担当者自身の信用を落としてしまいます。私自身、提案する側として、確認できる事実の範囲でしか数字を出さないようにしています。
稟議資料としてまとめる際の型
費用対効果の要素を整理したら、担当者がそのまま使える形にまとめます。稟議書には、多くの会社で共通する型があります。
- 背景・課題(なぜ今この投資が必要か)
- 提案内容の概要(何を、どこに依頼するか)
- 費用対効果(投資額・期待効果・回収期間)
- 実施スケジュール
- リスクとその対応策
この型に沿って資料を用意しておくと、担当者は文章を大きく書き直す必要がなくなります。特に「リスクとその対応策」の項目は見落とされがちです。決裁者は「失敗したらどうなるか」を必ず考えます。ここに答えを用意しておくと、担当者の説明が一段としやすくなります。
資料の分量にも注意が必要です。決裁者は複数の稟議を同時に抱えていることが多く、長すぎる資料は最後まで読まれません。1〜2ページ程度に要点をまとめ、詳細な説明資料は別添にする形が、実際には読まれやすくなります。
よくある失敗
費用対効果資料でよくある失敗が、効果の数字を大きく見せすぎることです。過大な数字は決裁者に見抜かれやすく、かえって提案全体の信頼を落とします。効果は幅を持たせた表現(例:「問い合わせ数が1.5倍から2倍に増える見込み」)にとどめ、根拠となる実績や事例を添えるほうが、結果的に稟議を通りやすくなります。
もう一つの失敗が、担当者に資料作成を丸投げしてしまうことです。営業側が「詳しくは担当者からご説明します」とだけ伝え、資料を渡さないケースをよく見かけます。担当者は自社の業務で忙しい中、あなたの提案のためだけに資料を作る時間を確保できません。結果として、稟議は着手されないまま止まります。
稟議のタイミングを担当者任せにしすぎるのも避けたい失敗です。決裁者の承認会議の日程や、稟議に必要な期間を事前に確認しておくと、資料を渡すタイミングを逆算できます。契約を急ぐあまり、担当者の社内スケジュールを無視して催促してしまうと、かえって印象を悪くします。
まとめ
BtoB営業で契約が止まる原因の多くは、提案内容そのものではなく、社内稟議を通すための材料不足にあります。担当者が自分で作り直さなくても、そのまま社内で使える費用対効果シミュレーション資料を用意することが、契約までの時間を左右します。
| 押さえるポイント | 内容 |
|---|---|
| 資料の目的 | 担当者が社内でそのまま使える形にする |
| 必須要素 | 現状の課題・投資額・期待効果・回収期間・比較対象 |
| 型 | 背景→提案概要→費用対効果→スケジュール→リスク対応 |
| 注意点 | 数字を誇張しない、担当者に資料作成を丸投げしない、稟議のスケジュールを確認する |
最後に、本文に出てきた専門用語をまとめます。
| 専門用語 | かんたんな意味 |
|---|---|
| BtoB | 会社が個人ではなく、会社に対してものやサービスを売る仕事のこと |
| 稟議 | 複数の関係者に順番に確認をとり、決裁者の承認を得る社内の仕組みのこと |
| 決裁者 | 契約や支払いを最終的に承認する権限を持つ人のこと |