「営業担当がうっかり入力し忘れた項目は画面で弾かれるのに、他のツールから自動で入ってきたデータは何もチェックされていなかった」。CRM(顧客管理システム。顧客の情報ややり取りの履歴を一元管理するためのソフトウェアのことです)を使っている会社なら、心当たりのある話かもしれません。CRM大手のHubSpotが2026年9月8日、この「抜け道」をふさぐ変更を行いました。人が画面から入力するときのルールを、外部システムとの連携(API)経由のデータにも適用するようにしたのです。地味な変更に見えますが、中小企業のデータ管理のあり方を考え直すきっかけになる話です。

何が変わったのか

HubSpotの公式開発者向けチェンジログによれば、2026年9月8日にリリースされた新しいAPIバージョン(2026-09)から、管理者が設定した入力ルールがCRMへの書き込み全般に強制されるようになりました。対象となるルールは3種類です。特定の条件を満たしたときだけ必須になる「条件付き必須項目」、レコード(顧客や取引などの1件分のデータのことです)を新規作成する際の必須項目や必須の関連付け、そして外部アプリが関連付けを編集する際の権限設定です。

マーケティング系のニュースサイトMartech Notesも、この変更を8月25日の事前警告つきで報じています。開発者向けの変更ですが、影響は開発者だけにとどまりません。

なぜ「抜け道」が生まれていたのか

ここでいうAPI(エーピーアイ。別々のソフトウェア同士が、人を介さずにデータをやり取りするための仕組みのことです)とは、たとえば問い合わせフォームのツールや名刺管理アプリ、他の業務システムが、自動的にHubSpotへデータを送り込む際の通り道です。今回の変更以前は、この通り道にチェック機能が及んでいませんでした。

たとえるなら、会社の受付(画面からの手入力)では来訪者の身分確認をきちんと行っているのに、荷物の搬入口(外部連携によるデータの流し込み)からは誰でも自由に出入りできていた、という状態に近いものです。営業担当が画面で取引を「成約」に変えようとすると、成約日の入力が必須になっていても、外部の連携ツールや移行スクリプト(データを一括で移し替えるためのプログラムのことです)経由で同じ操作をすると、成約日が空欄のまま記録できてしまっていました。

この状態が続くと、後から集計や分析をするときに、データの欠けや矛盾が積み重なっていきます。営業担当は正しく入力しているつもりでも、裏側では別の経路からルール違反のデータが紛れ込んでいた、ということが起こり得ていたわけです。

中小企業にとって何を意味するか

使っている連携ツールの見直しが必要になる可能性

多くの中小企業は、自社でHubSpotと外部システムをつなぐプログラムを開発しているわけではありません。しかし、問い合わせフォームサービスや名刺管理アプリ、他の業務ツールとの自動連携機能を「使っている側」であることは珍しくありません。こうした連携も、裏側ではAPIを通じてHubSpotにデータを送っています。

今回の変更によって、これまで何のエラーも出さずに動いていた連携が、急にエラーを返すようになる可能性があります。特に、自社のHubSpotに「条件付き必須項目」や「作成時の必須項目」をすでに設定している会社は注意が必要です。連携ツールを提供している会社やサポート窓口に、今回の変更への対応状況を確認しておくと安心です。

逆に、こうした入力ルールを何も設定していないHubSpotのアカウントでは、今回の変更による挙動の変化はありません。まずは自社の設定状況を確認することが最初の一歩になります。

データの「入力ルールを社内で統一しておく」ことの価値が増す

この変更は、見方を変えれば良いニュースでもあります。今まで画面からの入力にしか効いていなかったルールが、あらゆる経路からのデータに一律で効くようになるからです。

私自身、沖縄の外郭団体に勤めていた時期に、総務部門でHubSpotを導入し、社内に散らばっていた顧客データを整備した経験があります。当時痛感したのは、データの入り口が複数あるほど、後からルールをそろえるのが大変だということでした。申込みフォーム、名刺交換、イベントの参加者リストなど、入り口ごとに担当者も入力の癖も違います。

だからこそ、入力ルールを「人の注意力」に頼るのではなく、「システムの仕組み」として最初から組み込んでおくことが重要だと実感しました。今回のHubSpotの変更は、まさにその考え方を後押しするものです。人手に頼らず仕組みでデータの質を保つという発想は、営業やマーケティングの担当者が少ない中小企業ほど効いてきます。

ルールを厳しくしすぎるリスクにも注意

一方で、入力ルールを厳しくしすぎると、今度は正当な連携までブロックしてしまう恐れがあります。たとえば、まだ商談が初期段階のリードを一括で取り込みたいのに、成約日のような後工程の項目まで必須にしていると、取り込み自体が失敗してしまいます。

ルールを見直す際は、本番のデータに直接反映する前に、影響範囲を確認してから適用するのが望ましいやり方です。HubSpotには変更をテストできる環境も用意されているため、連携を任せている制作会社や担当者と相談しながら進めることをおすすめします。

「入力チェックは画面だけ」という発想からの転換

今回の件が示す教訓は、HubSpotに限った話ではありません。自社のどの業務システムでも、データが入ってくる経路は画面からの手入力だけとは限らないということです。ExcelやCSVでの一括登録、他システムとの自動連携、外部の営業代行会社からのデータ受け渡しなど、経路は複数あるのが普通です。

仕組み化(DX。デジタルの仕組みを使って業務を効率化することです)を進める際は、どの経路から見ても同じ品質のデータが保たれる状態を目指すことが大切です。1つの経路だけにルールを敷いて安心してしまうと、今回のHubSpotのケースのように、見えないところで抜け道が残ってしまいます。

よくある誤解

「開発者向けの変更だから、うちには関係ない」と考えてしまいがちですが、これは誤解です。HubSpotに自社で入力ルールを設定している会社であれば、外部連携の挙動が変わる可能性があります。開発をしていなくても、連携ツールを利用している側として影響を受けることがあります。

また、「これで自動的にデータがきれいになる」というのも誤解です。今回の変更はあくまで、すでに設定されているルールを、より広い範囲に適用するというものです。そもそも入力ルール自体を設定していなければ、何も変わりません。ルールを作るところは、依然として人の仕事です。

まとめ

HubSpotは2026年9月8日から、CRMへの入力ルールを画面操作だけでなく外部連携(API)経由のデータにも適用するようにしました。今まで見過ごされがちだった顧客データの「抜け道」がふさがれた形です。中小企業にとってのポイントを整理します。

項目 内容
何が変わったか 管理者が設定した入力ルールが、外部連携経由のデータにも適用されるようになった
いつから 2026年9月8日、新しいAPIバージョン(2026-09)から
誰に影響するか 自社のHubSpotに入力ルールを設定していて、かつ外部連携ツールを使っている会社
何をすればよいか 連携ツールの提供元に対応状況を確認し、本番反映前にテストしてから適用する
中長期の教訓 データの品質は、入力経路をまたいで仕組みで守ることが望ましい

この記事に出てきた専門用語は次のとおりです。

専門用語 かんたんな意味
CRM 顧客の情報ややり取りの履歴を一元管理するためのソフトウェア
API 別々のソフトウェア同士が、人を介さずデータをやり取りするための仕組み
レコード 顧客や取引など、CRMに記録される1件分のデータ
条件付き必須項目 特定の条件を満たしたときだけ、入力が必須になる項目
移行スクリプト データを別のシステムへ一括で移し替えるためのプログラム
仕組み化(DX) デジタルの仕組みを使って、業務の効率や品質を人手に頼らず保てるようにすること

日々の業務でCRMを使っていると、こうした裏側の変更に気づきにくいものです。自社のデータ管理に不安がある場合は、無料相談で現状を整理するところから始めるのも一つの方法です。