「今月の問い合わせは何件だった?」。多くの経営者や営業責任者が、まずこの数字を確認します。しかし、その関心が新規の問い合わせだけに向き、すでに契約している既存顧客への働きかけが手薄になっているケースは少なくありません。この記事では、LTV(顧客生涯価値。1人の顧客が取引を続ける期間全体で、自社にもたらしてくれる利益の合計のことです)という視点から、既存顧客を資産として扱う考え方と、追加受注につなげる具体的な方法を整理します。
なぜ新規の問い合わせ数字ばかりに目が向くのか
問い合わせ件数は、毎月はっきりした数字として出てきます。増えれば成果が見え、減れば焦りが生まれます。この分かりやすさが、経営者や営業責任者の関心を新規の数字に集めやすくする理由です。
一方、既存顧客からの追加受注は、月次の数字として追いかけられていない会社が多いです。追加の注文や契約更新は「ついでに」発生するものと捉えられがちで、専用の目標や担当を置いていないことがほとんどです。管理されていないものは、意識もされません。
このかたよりは、広告運用やSEOといった新規集客の取り組みに予算や時間が優先的に配分される一因にもなっています。新規の問い合わせを増やす施策には明確な費用対効果の指標があり、社内で説明しやすいという事情もあります。既存顧客への働きかけは、成果が見えにくいために後回しにされやすいのです。
私自身、沖縄の外郭団体に在籍していた時期、総務部門に異動してHubSpot(CRM・営業管理などの機能を持つツールです)を導入し、社内に散らばっていた顧客データを整備した経験があります。整備を始めて初めて、すでに取引のある顧客の中に、別の部門のサービスをまったく知らないまま終わっていた相手が一定数いることに気づきました。新規の数字だけを見ていたら、この取りこぼしには気づけなかったはずです。
LTVとは何か、なぜ既存顧客に目を向けるべきか
LTVは、1人あるいは1社の顧客が、取引を始めてから終えるまでの間に、自社にもたらしてくれる利益の合計を指す考え方です。1回の契約金額だけでなく、契約更新や追加注文、紹介によって生まれる取引まで含めて考えます。
新規顧客に声をかけるには、広告費や営業の時間といったコストがかかります。相手は自社のことをまだ知らないため、認知してもらう段階から始める必要があるためです。一方、既に取引のある顧客は、自社の商品やサービスの品質をすでに知っています。声をかける際の負担は、新規に比べて小さくて済むことが一般的です。
これは、保険の見直しを例にするとわかりやすいかもしれません。今の保険会社の担当者から「医療保障を見直しませんか」と連絡が来るのと、まったく知らない会社から営業の電話がかかってくるのとでは、話を聞く姿勢がまったく違います。すでに信頼関係のある相手からの提案は、警戒心が低い状態で受け取ってもらえます。既存顧客への追加受注の提案も、同じ構造です。
LTVを意識するということは、1件の受注を「ここで終わり」と考えず、その後も続く関係の入り口として扱うということです。この視点を持つと、契約直後の対応やアフターフォローの位置づけが変わってきます。
既存顧客からの追加受注を増やす具体的な方法
クロスセル・アップセルの機会をどう見つけるか
クロスセル(関連する別の商品・サービスを合わせて提案すること)とアップセル(今よりも上位のプラン・仕様を提案すること)の機会は、顧客の利用状況を見ていないと見つかりません。契約から一定期間が過ぎた顧客には、利用状況を確認する機会を意図的に作ることをおすすめします。
具体的には、契約後3ヶ月・6ヶ月といった節目で、使い方に困っていないか、他に困っていることがないかを尋ねる連絡を入れます。この連絡は売り込みではなく、顧客の状況を確認するためのものだと位置づけることが大切です。困りごとが見えてはじめて、関連する別のサービスの提案が自然に成立します。
既存顧客の中には、自社が複数のサービスを提供していることを知らないまま契約を続けている相手もいます。料金ページや事例ページを定期的に案内するだけでも、認知が広がり、追加受注の種になります。
顧客データを一元管理して、全体像を把握する
部門やサービスごとに顧客情報が分かれていると、ある顧客がすでに自社の別サービスを使っているかどうかが分からなくなります。この状態では、既存顧客に新規開拓と同じ営業電話をかけてしまうような、噛み合わない対応が起きやすくなります。
顧客データを一元管理し、名寄せしておくことは、既存顧客からの追加受注を考えるうえでの土台です。どの顧客が、いつから、どのサービスを、どれくらいの金額で利用しているかが一目で分かる状態を作ることで、次に提案すべき相手が見えてきます。
CRM(顧客管理システム)を導入している会社であれば、契約から一定期間が過ぎた顧客を自動的にリストアップする設定をしておくと、確認の手間自体を減らせます。
既存顧客との関係を資産にする仕組み
既存顧客からの追加受注は、個々の担当者の気づきに頼っていると、担当者が変わるたびに取りこぼしが生まれます。仕組みとして回る形にしておくことが、継続的な成果につながります。
まず、CRMを使った追客フローの中に、既存顧客向けの連絡タイミングを組み込みます。新規の問い合わせ対応フローと同じように、契約後のフォロー連絡も「いつ・誰が・何を確認するか」を決めておくと、担当者の記憶に依存せずに運用できます。
次に、満足している既存顧客からのクチコミや紹介も、追加受注と並ぶ大切な成果です。満足度の高い顧客に声をかけるタイミングを決めておくと、新しい取引先の紹介や、口コミによる信頼の広がりにつながります。紹介や代理店を通じた仕組み化されたリード獲得も、既存の関係を起点にしている点では同じ発想です。
最後に、既存顧客への働きかけにも、新規集客と同じように予算と時間を配分することを検討してみてください。マーケティング予算の決め方を見直す際に、既存顧客向けの施策を項目として明記しておくだけでも、後回しにされにくくなります。
実践時の注意点・よくある失敗
既存顧客への働きかけには、避けたほうがよい進め方もあります。
まず、まだ関係性が浅い顧客に、契約直後から追加提案を持ちかけることです。最初の契約内容にまだ満足できているかどうかが分からない段階で次の提案をすると、「売ることばかり考えている」という印象を与えてしまいます。最初の契約の成果が顧客にしっかり伝わってから、次の提案に進むことが基本です。
次に、既存顧客全員に同じ提案を一律に送ることです。利用状況や業種が違う顧客に同じ内容を送ると、的外れな提案になりやすく、せっかくの関係を損ねることにもなります。前述の顧客データの一元管理は、この一律対応を避けるための前提でもあります。
最後に、既存顧客への連絡を、担当者の善意だけに頼ったままにしておくことです。仕組みがなければ、忙しい時期には真っ先に後回しになります。小さな仕組みでも、担当と確認タイミングを決めておくことが、取りこぼしを防ぎます。
まとめ
既存顧客からの追加受注は、新規の問い合わせ件数のように毎月分かりやすい数字として目に入るものではありません。だからこそ、意識的に仕組みを作らないと後回しになりがちです。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| LTV(顧客生涯価値) | 1件の受注を関係の終わりではなく、続く取引の入り口として捉える視点 |
| 機会の見つけ方 | 契約後の節目で利用状況を確認し、困りごとから提案の機会を探す |
| データの土台 | 顧客データを一元管理し、どの顧客が何を利用しているかを把握する |
| 仕組み化 | CRMの追客フローに既存顧客向けの連絡タイミングを組み込む |
| 避けること | 関係が浅い段階での提案、一律の提案、担当者の善意だけに頼る運用 |
新規の問い合わせを増やす取り組みと、既存顧客からの追加受注を増やす取り組みは、どちらか一方ではなく両方が必要です。まずは自社の既存顧客リストを見直し、最後に連絡を取ったのがいつかを確認するところから始めてみてください。
| 記事内の専門用語 | 意味 |
|---|---|
| LTV(顧客生涯価値) | 1人・1社の顧客が取引を続ける期間全体で、自社にもたらしてくれる利益の合計 |
| クロスセル | 関連する別の商品・サービスを合わせて提案すること |
| アップセル | 今よりも上位のプラン・仕様を提案すること |
| CRM | 顧客情報や商談の進み具合を記録・管理する仕組み |
