「うちのサービス、決裁者(けっさいしゃ。最終的に契約するかどうかを決める権限を持つ人のことです)にはちゃんと刺さっているはずなのに、なぜか商談が進まない」。そんな相談を受けることがあります。原因の一つは、経営者と現場の担当者に、同じ説明をしていることです。この記事では、企業規模や役職によって伝え方を変える「パーソナライズ設計」の考え方と、中小企業でも始めやすい具体策を整理します。

背景:「決裁者」と「現場担当者」は同じ話を聞いていない

BtoB(ビーツービー。会社が会社を相手に商品・サービスを販売する取引のことです)の商談には、たいてい複数の人が関わります。予算を握る経営者と、実際にサービスを使う現場の担当者では、気にするポイントがまったく違います。同じ資料、同じトークで両方を説得しようとすると、どちらにも刺さらない中途半端な説明になりがちです。

私は以前、三井住友銀行とNECが提携した中小企業向けポータルサイトのプロジェクトマネージャーを務めていました。当時痛感したのは、「中小企業向け」とひとくくりにしても、社員5人の会社と社員500人の会社では、求めているものがまったく違うという事実です。相手の規模や立場を無視した一律の説明は、どちらの心にも残りません。

この違いを踏まえて伝え方を調整することを、パーソナライズ(個別化。相手の属性や状況に合わせて、説明や提案の内容を変えることです)と呼びます。マーケティングの世界では、想定する顧客像をペルソナ(具体的な年齢・役職・悩みまで書き出した、架空の顧客モデルのことです)として1人か2人に絞り込む考え方がよく使われます。しかし実際の商談相手は、経営者と現場担当者という、性格の異なる2つのペルソナが同時に関わっているケースがほとんどです。

大企業では、役職や部署ごとに専用のシステムを使って出し分けを自動化することもあります。しかし中小企業には、そこまでの仕組みは必要ありません。大掛かりなツールを導入しなくても、中小企業がすぐに実践できるレベルのパーソナライズは十分にあります。

原因1: 役職によって「気にするポイント」が違う

経営者が気にするのは、投資対効果とリスクです。「このサービスを導入して、いくら儲かるのか」「導入しなかったらどんな損をするのか」という視点で話を聞いています。抽象的な機能説明より、具体的な数字や、導入しない場合のリスクの方が響きます。

一方、現場の担当者が気にするのは、日々の使いやすさとサポート体制です。「操作は難しくないか」「困ったときにすぐ相談できるか」という視点で判断します。経営者向けの投資対効果の話だけをされても、自分が毎日使うイメージが湧きません。

保険や携帯電話のプランを選ぶ場面を思い浮かべてください。家計を管理する側は総額や解約条件を気にしますが、実際に使う本人は使い勝手やサポート窓口の対応を気にします。同じ商品でも、聞きたいことは人によって違うのです。

ウェブサイトやLP(ランディングページ。広告や検索から来た人が最初に訪れる、問い合わせや申し込みを目的とした1枚のページのことです)を1種類しか用意していない会社は、この違いに対応できません。どちらか一方の言葉に寄った説明になり、もう一方には響かないページになっています。

原因2: 企業規模によって「意思決定のスピードと関所」が違う

社員数人の会社では、社長が一人で即決することも珍しくありません。良いと思えばその場で契約に進みます。スピード重視の会社に、何度も社内稟議(りんぎ。関係者の承認を得るために、書類を回して決裁をもらう社内手続きのことです)を経る前提の複雑な提案をすると、かえって面倒に感じさせてしまいます。

一方、社員数十人〜数百人規模の会社では、現場担当者が良いと思っても、上司や他部署の承認を経る必要があります。この場合は、現場担当者が社内で説明しやすい資料や、稟議に使える費用対効果の根拠を用意しておくことが助けになります(稟議資料の作り方は、別記事で詳しく解説しています)。

規模によって関所(意思決定に関わる人や手続きの数のことです)の数が違うことを理解しておくと、無駄なプロセスを提案して小規模企業を疲れさせたり、逆に必要な資料を渡さずに大企業の検討を止めてしまったりする失敗を防げます。

解決策: 中小企業でもできる、役職・企業規模別パーソナライズの始め方

大掛かりなツールを導入しなくても、次のような工夫から始められます。

  1. 問い合わせフォームで役職と会社規模を聞く:氏名やメールアドレスに加えて、役職や従業員数を入力してもらう項目を設けると、その後の対応を相手に合わせやすくなります。実際、当社のお問い合わせフォームでも、役職と従業員数の規模をお伺いする項目を設けています。
  2. 経営者向けと現場担当者向け、2種類の資料を用意する:同じサービスでも、経営者向けには投資対効果を、現場担当者向けには操作性やサポート内容を中心にまとめた、別の資料を用意します。
  3. LPの見出しやファーストビューの言葉を役職別に出し分ける:広告の遷移先URLを役職別に分け、同じサービスでも見出しの言葉を変える方法があります。中小企業でも、広告文だけを役職別に用意する形なら始めやすいです。
  4. 営業トークの冒頭で相手の関心を確認する:資料を作り込む前に、商談の最初に「今日は投資対効果の話と、使い勝手の話、どちらが気になりますか」と一言確認するだけでも、説明の的が絞れます。
  5. 商談後のフォローメールの内容を役職別に変える:経営者には検討の後押しになる費用対効果の資料を、現場担当者には操作マニュアルやサポート窓口の案内を、それぞれ別の内容で送ります。

このうち、多くの中小企業がまず取り組みやすいのは4番目です。資料やページを作り変えるには時間がかかりますが、営業トークで一言確認する工夫は今日からでもできます。

フォームで聞いた役職・企業規模の情報は、その後の対応にも活かす

1番目で紹介した、問い合わせフォームで役職や従業員数を聞く工夫は、初回対応だけで終わらせるともったいない情報です。CRM(顧客管理システム。顧客情報や商談の進み具合を記録・管理する仕組みのことです)に役職や企業規模の項目を残しておけば、その後の追客(ついきゃく。問い合わせをくれた相手に、その後も連絡を取り続けて契約につなげる営業活動のことです)でも、同じ情報をもとに送る資料やメールの内容を変えられます。フォームで一度聞いた情報を、商談の最初だけでなく、その後の一連のやり取り全体で使い回すという意識を持つと、パーソナライズの効果が続きやすくなります。

実践時の注意点・よくある失敗

パーソナライズに取り組む際、注意したい点が2つあります。1つ目は、想像だけで相手の関心を決めつけてしまうことです。実際に商談した相手の反応や、問い合わせフォームに入力された情報をもとに調整しないと、思い込みによる的外れな説明になりかねません。

2つ目は、パターンを増やしすぎることです。役職別・企業規模別に資料やページを何十種類も作ると、管理しきれなくなり、情報が古いまま放置されます。まずは経営者向け・現場担当者向けの2パターン程度から始め、運用しながら必要な分だけ増やすことをおすすめします。

まとめ

企業規模や役職によって、相手が気にするポイントも、意思決定のプロセスも異なります。同じ説明を全員に繰り返すのではなく、相手に合わせて伝え方を変えることが、商談を前に進める近道です。

課題 見直しの方向性
経営者と現場担当者に同じ説明をしている 投資対効果向け・使い勝手向けの2パターンを用意する
企業規模による意思決定スピードの違いを無視している 小規模には即決しやすい提案を、大企業には社内稟議に使える資料を用意する
相手の役職・規模を把握していない 問い合わせフォームで役職・従業員数を聞く項目を設ける
パターンを増やしすぎて管理できない まずは2パターン程度から始め、必要に応じて増やす
この記事に出てきた専門用語 かんたんな意味
決裁者 最終的に契約するかどうかを決める権限を持つ人
BtoB 会社が会社を相手に商品・サービスを販売する取引
パーソナライズ 相手の属性や状況に合わせて、説明や提案の内容を変えること
ペルソナ 具体的な年齢・役職・悩みまで書き出した、架空の顧客モデル
LP(ランディングページ) 広告や検索から来た人が最初に訪れる、問い合わせや申し込みを目的とした1枚のページ
稟議 関係者の承認を得るために、書類を回して決裁をもらう社内手続き
関所 意思決定に関わる人や手続きの数
CRM 顧客情報や商談の進み具合を記録・管理する仕組み
追客 問い合わせをくれた相手に、その後も連絡を取り続けて契約につなげる営業活動

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